ファインマン図の高次の摂動の寄与
「最後に、高次の摂動項の散乱断面積の計算を行う。ファインマンのおかげで、この図を描くことは少なくとも容易になった。図1.4は、の散乱断面積において、微細構造定数の3乗の項()に寄与するファインマン図を示す」
図1.4
「ここで注目すべきなのは、ファインマン図のすべての高次の寄与に対応する要素に代数的な要素(式)を割り当てることができ、たとえ退屈でも、直接的な方法でファインマン図を評価することができるという点。図1.4の9つのファインマン図の全ての組み合わせを計算するのは、大変な労力だけど、あくまで研究論文のレベルにすぎない。ちなみにこのテキストでは、第6章において、図1.4に示すような高次のオーダーからの物理的な寄与について分析するらしい」
「でも、高次の寄与なんて面倒なこと考えなくても、最低次の寄与でも10%の誤差で実験結果と一致するんだから、別にいいんじゃないの?」
一宮がだるそうな声でいう。シャープペンを指先でくるくる回して弄んでいるところを見ると、いいかげん飽き飽きしているようだ。
「それでも、図1.4の下側の終状態に追加の光子を含む高次の寄与は必要になる」
「どうして必要なんですか?」
越野さんが訊ねる。
「なぜなら、単一の極低エネルギーの光子の存在を検出するのに十分に敏感な検出器がないため、このような光子を含む終状態は、ミュー粒子の対だけの終状態と区別することができないから」
「なるほど。検出器の精度に限界があるから、図1.4の下半分の寄与と低次の寄与が全く区別できないというわけか」
俺の言葉に武者さんが頷いた。
通常の検出器では単一の光子を存在を検出できない
↓
図1.4の下半分の4つの高次の寄与と低次の寄与が全く区別できない
図1.2
「また、図1.4の上半分の5つの図は、単一の仮想光子よりもむしろ、いくつかの仮想粒子の中間状態に関係する。これらの5つの図では、頂点における運動量の保存則によって運動量を決定することのできない仮想粒子が存在する。摂動論では、あらゆる可能な中間状態について和をとる必要があるから、運動量の可能な値をすべて積分しなければならない。でも、この段階で新たな問題があらわれる」
「新たな問題ってなによ?」
一宮が訊ねる。
「最初の3つの図について、輪っか状にループする部分のループ運動量の積分を単純に行うと、無限大に発散してしまうという問題がある。そこで、このテキストでは、第1部の終わりまでに、無限大に発散せずに有限の結果を得るための解決策を提供するらしい。また、これらの収束の物理的原因の問題については、それほど容易に片付けることができないので、このテキストの第2部の主題にするらしい」
そういって、武者さんは、俺たち一同をゆっくりと見渡して一礼した。
「以上で、第1章は終わり」
一礼する武者さんに俺たちは盛大な拍手をした。
「ま、私の手にかかれば、この程度のテキストなんて屁でもないわね」
一宮が片手で髪の毛をかき上げながら誇らしげに胸を張った。
お前は何もやってねーだろ!!
第1章おわり