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スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

エーテルは死んだ?

「場は、時空間を満たすっていうけど、それってオカルトでいうところの『気』とか『エーテル』じゃないの?」
 突然、一宮が突拍子もないことを言い出した。

気:中国哲学東洋医学において、万物を構成する要素であり、生命力の源と考えられていた。
エーテル:西洋哲学において、空間に充満し、力や光が空間を伝わる媒質と考えられていた。

「おいおい。空間を満たすエーテルの存在は、アインシュタイン特殊相対性理論によって完全に否定されたはずだぞ」
 俺が反論すると、一宮は反抗的な目で俺を睨み返してきた。なんだよ、その目は?
 またもや険悪な空気になりそうなのを察してか、越野さんがフォローに入った。
「絶対座標系で静止したエーテルの存在を仮定すれば、エーテルに対する地球の運動の影響が現れるはずです。実際、絶対静止のエーテルが存在すれば、地球の運動方向に向かって測定した光の速度と、地球の運動方向と直角の方向に測定した光の速度との間に何らかの差が観測されるはずです。そこで、エーテルの存在を実証するため、マイケルソン-モーリーの実験が行われましたが、そのような速度差は全く観測されませんでした。そして、万羽さんのおっしゃるとおり、アインシュタイン特殊相対性理論の登場によってエーテルの存在は完全に否定されたのです」

絶対座標系で静止したエーテルの存在は、マイケルソン-モーリーの実験と特殊相対性理論の登場によって完全に否定された

「ほら見ろ、俺の言ったとおりだろ。『エーテルは死んだ』んだ!」
 『死んだ』という言葉を俺は特に強調した。すると一宮は、面と向かって『神は死んだ』と言われたローマ法王のように、思いっきり地団駄を踏んで悔しがった。
「でも、時空間を満たす場って、まるでエーテルの焼き直しじゃないの!」
 まだ諦めないのか? いい加減、しつこい奴だな。負け犬の遠吠えとは、まさしくこういうことを言うんだな。
「木花ちゃんも、なんでこんな奴の味方なんてするのよ? 大体こういうときは、正しい方に加勢するのが筋ってもんでしょ? あなた、か弱いエーテルが苦しんでいるのを黙って見過ごそうっていうの?」
 一宮の滅茶苦茶な論理に、越野さんは困ったような顔をした。
 エーテルのどこが正しくてか弱いんだ? お前さっきから滅茶苦茶なことを言ってるぞ。
「黙ってないで、なんとか言ってよね! それでも友達なの? もう友達辞めるわよ!」
「友達辞めるなんて、そんな……」
 越野さんは泣きそうな顔になって俯いた。迷っている越野さんを見て、一宮は、まだ押しが足りないと思ったのか、身体を密着させるように越野さんの肩に腕を回し、耳元に口を近づけて囁いた。
「私の味方にならないのなら、木花ちゃんの恥ずかしい、あんな画像やこんな画像をネット上でばらまくわよ。そしたら、もう次の日から学校に行けなくなるわ。それでもいいの?」
「ひ、ひどい……」
 半ば一宮に脅迫されて、越野さんはしぶしぶ一宮のフォローを始めた。
「すみません、万羽さん。やっぱりさっきの話は撤回します」
 主人に厳しくしつけられた子犬のように、越野さんは、一宮の顔色をうかがいながら、力なく俺に謝った。
「絶対座標系で静止した古典的なエーテルの概念は、特殊相対性理論によって否定されましたが、光速度を不変に保つように時空間と一体になって変動する場の概念は、ハイゼンベルクとパウリによって『新しく生まれ変わったエーテル』と考えることもできます。そういう意味では、一度死んだはずのエーテルの概念が復活したともいえなくもないと思います」

絶対座標系で静止した古典的なエーテル→特殊相対性理論の登場によって完全に否定された
 ↓
だが、光速度を不変に保つように時空間と一体になって変動する場は、ハイゼンベルクとパウリによって『新しく生まれ変わったエーテル』と考えることもできなくはない

 その言葉を聞いて、一宮の瞳が希望に輝いた。
「つまり、絶対静止系の古典的なエーテルは一度死んでしまったけど、その後でハイゼンベルクとパウリによる血のにじむような厳しい特訓を受けて、光速度不変の時空間と一体になった新しい場の概念として、数段パワーアップして帰ってきたというわけね!」
 なんだ、その某少年漫画雑誌のようなたとえは?
「やっぱりエーテルは死んでいなかったんだわ! 一度死んだと思わせておいて、アニメの主人公みたいに復活したのよ!」
 一宮は、勝ち誇ったように叫ぶと、思いっきり上から目線で俺に向かって勝利宣言した。
「『エーテルは復活した』わ! オカルトの勝利よ!」
 そして、俺に向かってぺろりと舌を出してあかんべえをし、それから後ろを向いて、俺に向かってお尻をぺんぺんした。

お前は小学生か?