スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

仮想粒子とは

 一宮が突きつけた難問に悩み苦しむ俺に、救いの手を差し伸べてくれたのは、やはり越野さんだった。
「あの、すみません。その問題の答えは、テキストに書いてありました」
「なんだって?」
 俺と一宮は、越野さんのほうを一斉に見た。
「この問題は、ハイゼンベルク不確定性原理で説明することができます」
「どういうこと?」
「時間とエネルギーについてのハイゼンベルク不確定性原理 \Delta E\cdot\Delta t\geq\hbar(テキストでは、 \Delta E\cdot\Delta t=\hbar。ただし、現在では、時間とエネルギーの不確定性関係が実際に成立するか否かについては、疑問視する意見もある)によりますと、時間 tが短くなるほど、エネルギーのゆらぎ \Delta Eが大きくなります。つまり、極めて短い時間の間なら、エネルギーのゆらぎ \Delta Eを受けて、真空中から多数の粒子が対生成されることもあります」

ハイゼンベルク不確定性原理 \Delta E\cdot\Delta t\geq\hbar
 ↓
時間 tが短くなるほど、エネルギーのゆらぎ \Delta Eが大きくなる。
 ↓
極めて短い時間の間なら、エネルギーのゆらぎ \Delta Eを受けて、真空中から多数の粒子が対生成されることもある

「このように、エネルギー \Delta Eのゆらぎによって生じた多粒子状態は、ごく短時間のうちに再び対消滅して消えるため、長い時間スケールでみれば、余分な粒子は観測にかかりません。だから、これらの余分な粒子は、『仮想粒子』と呼ばれるのです」

エネルギーのゆらぎ \Delta Eによって生じた多粒子状態は、ごく短時間のうちに再び対消滅して消える
 ↓
長い時間スケールでみれば、余分な粒子(仮想粒子)は観測にかからない

「でも、それじゃ、やはりエネルギーの保存則に反するんじゃないのか?」
「その点は、問題ありません。なぜなら、ここでのエネルギーの破れは、相互作用項を無視した自由ハミルトニアンの破れに相当するからです。相互作用項まで取り入れたエネルギー保存則は破れません」

摂動論における粒子の増加は、相互作用項を無視した自由ハミルトニアンの破れに相当する
 ↓
相互作用項まで取り入れたエネルギー保存則は破れない

「なるほど。相互作用まで考慮した全エネルギーは常に保存されるということか」
 越野さんは頷いた。
「時間とエネルギーの不確定性関係のために短時間ではエネルギー保存則が破れると説明する本もあるようですが、それは正しくありません」

「ということだ。相互作用を含めた全体ではエネルギーが保存されているから、幽霊が存在する余地がないというわけだ」
 そういって、俺は一宮を見た。
「オカルトの負けだな」
 一宮は、顔を真っ赤にして力説した。
「あんたが泣きそうな顔をして、あまりにも可哀相だったから、負けたフリをしてやったの! 勘違いしないでね! 戦術的勝利なんていくらでもくれてやるわよ!」
 やれやれ。本当に素直じゃない奴だ。