自由粒子の振幅
「それでは、今度こそ、本当に第2章に入ります」
越野さんは、一宮がまた変な質問をするのではないかと、ビクビクしながらときどき一宮の様子をうかがっていた。
だが、一宮はさっきの敗北に懲り懲りしたのか、椅子に座って大人しくしていた。シャープペンシルを机の上に立てて、どれだけ長い間持続するか挑戦する、暇な遊びをしている。
「さきほどもお話したように、摂動論においては高次の次数になればなるほど、たくさんの『仮想』粒子が生成されます。このような多粒子状態は、因果律の観点からも必要であることがわかります」
「多粒子状態と因果律が何の関係があるんだ?」
俺が疑問を口にすると、越野さんは微笑みながら視線を返してきた。
「相対論においては、1粒子状態の運動のみを考えると、いろいろな矛盾が生じてしまうのです」
「矛盾?」
「それを考えるために、位置から位置に伝搬する自由粒子の振幅について考えてみましょう」
そういって、越野さんはホワイトボードに数式を書き込んだ。
「自由粒子とは、電場や磁場などの場に束縛されず、自由に運動する粒子のことをいいます」
自由粒子:電場や磁場などの場に束縛されず、自由に運動する粒子
「ブラケットは、右から左に読んでいくというルールは学びましたよね。上式において、ケットベクトルは、粒子の始状態(開始位置)をあらわし、ブラベクトルは、粒子の終状態(到達位置)をあらわします」
ブラケットの読み方(右から左に読んでいく)
終状態作用始状態
「ブラケットの中の関数は、時間tとともに周期的に振動する関数をあらわします。その振動状態は、ハミルトニアンHに依存し、ハミルトニアンHは、一般化座標であらわした粒子のエネルギーに相当します。したがって、関数は、粒子の振動状態が粒子のエネルギーによって異なることをあらわします。関数は複素数なので、そのままではイメージするのが難しいのですが、実数部分のみを考えると、下のようなイメージとなります」
「結局、は、粒子がエネルギー状態に依存した振動をしながら、始状態から終状態に伝播するときの振幅をあらわします。そして、この式の2乗をとったが、粒子が始状態から終状態に伝播する確率をあらわすわけです」
:粒子が始状態から終状態に伝播するときの振幅
:粒子が始状態から終状態に伝播する確率