空間的な伝搬粒子のクライン‐ゴルドン場の振幅の導出4
「以上から、は、次式のようになることがわかりました」
「次に、この積分を評価してみましょう」
「ちょっと待って!」
突然、一宮が待ったをかけた。俺たちは一宮の顔を見た。
「上の積分経路って、ひょっとして虚数軸を通っているんじゃないの?」
「そうですね。もともと、の変換により、実数軸上の積分を虚数軸上の積分に変換しています」
「でも、積分経路が虚数軸上にあるのなら、特異点上を通ってしまうんじゃないの? だとしたら、虚数軸を通る上の積分と、特異点のまわりを回り込む下の図2.3とは積分経路が全然違うじゃないの!」
図2.3 空間的距離上の伝搬関数D(x-y)を評価するための積分路
「あれ、そういえば……」
越野さんは慌ててテキストのページをめくった。
「ハーバード大学卒の教授のくせに、説明が矛盾だらけじゃないの!」
「そんな、ハーバード大学卒の教授が間違えるわけないと思うんですが……」
一宮は胡散臭そうな目で越野さんを見つめた。
「そもそも、図2.3のような複素積分をするのなら、じゃなくて、図2.3に示すように特異点のまわりを回り込む積分経路Cを示すを使って書くはずよ!」
「おかしいですね……」
一宮は、一度相手の間違いを見つけると、スッポンのように食いついて離れず、徹底的にあら探しをする。特に、相手がハーバード大学卒の教授のような世界的な権威となれば、なおさらだ。
「矛盾だらけじゃないの! 説明しなさいよ!」
一宮に詰め寄られ、越野さんは数歩あとずさった。
越野さんが泣きそうな顔になり、すがるような目で俺を見る。
しかたがない。目の前で可憐かつ巨乳の美少女が、意地悪な女に苛められているんだ。このシチュエーション、男として助けないわけがなかろう。
とはいえ、一宮の言うことも正論だ。
そもそもなぜ、この超絶難解なテキストの著者は、図2.3では特異点のまわりを回り込む積分経路をわざわざ描いているのに、数式では虚数軸上をストレートに通るような計算をしているんだ? これが矛盾でなくしてどうする?
俺はどうフォローすべきか思案に暮れた。
そのとき突然、俺の背後から声がした。
「その問題については、ノー・プロブレムだ」
反射的に後ろを振り向くと、俺の目と鼻の先に一人の小柄な少女が立っていた。
武者さんだった。