スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

始状態と終状態

始状態: \mid i\,\rangle=a_{\bf p}^{\dagger}a_{-\bf p}^{\dagger}\mid 0\,\rangle
終状態: \mid f\,\rangle=b_{\bf k}^{\dagger}b_{-\bf k}^{\dagger}\mid 0\,\rangle

 俺の横にいた武者さんが突然立ち上がり、ホワイトボードまで歩いていったかと思うと、石原に向けて手を差し出した。

「どうしたんですか、武者さん?」
 驚きのあまり、戸惑いを隠せない石原。
「マーカーペン」
 武者がぼそっと呟くように言う。石原があわててマーカーペンを武者さんに手渡す。武者さんはマーカーペンをもってホワイトボードに向かうと、石原が書いた式をすさまじいスピードで書き直した。

始状態: \mid i\,\rangle=a_{\bf p}^{\dagger}\alpha_{-\bf p}^{\dagger}\mid 0\,\rangle
終状態: \mid f\,\rangle=b_{\bf k}^{\dagger}\beta_{-\bf k}^{\dagger}\mid 0\,\rangle

「いったいどういうことだ、武者?」
 俺の問いに、武者さんが答えた。
「いま考えている系は、粒子と反粒子からなる2粒子系。だから、粒子の生成演算子と、反粒子の生成演算子を区別する必要があると思う」

図1.1
f:id:Dreistein:20140920202753p:plain

「なるほど。それで、反粒子の生成演算子の記号を書き換えたのか。さすがは、武者だな」
 武者は黙って頷くと、マーカーペンを石原に返して、そのまま元いた席に戻っていった。

 部屋中のみんなの視線が、残された石原に集中する。
「まあ、あのアルバート・アインシュタインにも間違いがあったんです。ましてや、たかだか一介の高校生である僕に、間違いの1つや2つくらいあるのは、むしろ当然じゃないですか」
 そういって、石原は笑ってお茶を濁した。こいつ、開き直ったな。

「それじゃ続けましょう。始状態 \mid i\,\rangleは、運動量 \bf pの電子 e^-と運動量 \bf -p陽電子 e^+の2粒子が存在する状態です」

始状態: \mid i\,\rangle=a_{\bf p}^{\dagger}\alpha_{-\bf p}^{\dagger}\mid 0\,\rangle

「同様に、終状態 \mid i\,\rangleは、運動量 \bf kのミュー粒子 e^-と運動量 \bf -kの反ミュー粒子 e^+の2粒子が存在する状態です。ここで、fは、初期状態(final state)のfinalの頭文字をとったものです」

終状態: \mid f\,\rangle=b_{\bf k}^{\dagger}\beta_{-\bf k}^{\dagger}\mid 0\,\rangle

「ここでは、電子とミュー粒子を区別するために、それぞれの生成演算子 a_{\bf p}^{\dagger}, b_{\bf k}^{\dagger}、また陽電子と反ミュー粒子を区別するために、それぞれの生成演算子 \alpha_{\bf -p}^{\dagger}, \beta_{\bf -k}^{\dagger}として区別しています」
「要するに、運動量 \bf pの電子 e^-と運動量 \bf p^\prime(=-p)陽電子 e^+の2粒子状態が始まりで、運動量 \bf kのミュー粒子 e^-と運動量 \bf -kの反ミュー粒子 e^+の2粒子状態が終わりというわけね」

図1.1
f:id:Dreistein:20140920202753p:plain

 一宮の指摘に石原が頷いた。
「ご名答です。それを数式で表したものが、下の式なんです」

始状態: \mid i\,\rangle=a_{\bf p}^{\dagger}\alpha_{-\bf p}^{\dagger}\mid 0\,\rangle
終状態: \mid f\,\rangle=b_{\bf k}^{\dagger}\beta_{-\bf k}^{\dagger}\mid 0\,\rangle

「数学ってほんと、かったるいわね」
 一宮は、いかにもだるそうにあくびをかみ殺しながら感想を漏らした。

「数式は、その意味を理解するのに手間はかかりますが、便利な点もあります。上の数式をふつうに言葉で説明すれば、それこそ何十行もの説明が必要となりますが、数式で表せば、上のようにたった2行で表現できるんです。情報を短くかつ正確に表現できるという点で、数式は大変便利なものですよ。それに、数式は世界共通なので、言語の違いに関係なく、どこの国の人でも理解することができるという点でも優れています。数式は、いわば宇宙の構造を正確に記述できる唯一の言語ともいえるものなんです」

数式は、宇宙の構造を正確に記述できる唯一の言語

「世界の言葉はたくさんあるけれど、真実をあらわす言葉は1つだけということね」