スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

ファインマン・トレース技術とは


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
M&=&\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)(-ie\gamma^\mu)u^s(p)\bigg(\frac{-ig_{\mu\nu}}{q^2}\bigg)\bar{u}^r(k)(-ie\gamma^\nu)v^{r^\prime}(k^\prime)\\
&=&\frac{ie^2}{q^2}(\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)\gamma^\mu u^s(p))( \bar{u}^r(k) \gamma_\mu v^{r^\prime}(k^\prime)) \, (1.10)
\end{eqnarray}
}

「ここで、(1.10)式のような式を扱うため、特に非偏極断面積(unpolarized cross section)のみを計算したいときに、多くの有用な技術を用いることができる。この技術は、ガンマ行列の積のトレースを評価しなければならないことから、『ファインマン・トレース技術(Feynman trace technology)』と呼ばれる」
ファインマン・トレース技術?」

ファインマン・トレース技術は、微分断面積を求める際にとても有用なテクニック。例えば、 \mid M \mid^2を計算するには、(1.10)式からスピン s, s', r, r'についての和をとる必要がある」


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\mid M\mid^2&=&\frac{e^4}{q^4}\Sigma_{s, s', r, r'}\mid(\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)\gamma^\mu u^s(p))( \bar{u}^r(k) \gamma_\mu v^{r^\prime}(k^\prime))\mid^2\\
&=&\frac{e^4}{q^4}\Sigma_{s, s', r, r'}[(\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)\gamma^\mu u^s(p) )(\bar{u}^r(k) \gamma_\mu v^{r^\prime}(k^\prime))]\cdot[(\bar{u}^r(k) \gamma_\nu v^{r^\prime}(k^\prime))(\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)\gamma^\nu u^s(p) )]^\ast\\
&=&\frac{e^4}{q^4}\Sigma_{s, s', r, r'}[(\bar{v}^{s^\prime}(p^\prime)\gamma^\mu u^s(p))( \bar{u}^r(k) \gamma_\mu v^{r^\prime}(k^\prime))]\cdot[(\bar{u}^s(p)\gamma^\nu v^{s^\prime}(p^\prime) )( \bar{v}^{r^\prime}(k^\prime) \gamma_\nu u^r(k))]\\
&=&\frac{e^4}{q^4}\Sigma_{s, s', r, r'}[(\gamma^\mu u^s(p)\bar{u}^s(p))(\gamma^\nu v^{s^\prime}(p^\prime) \bar{v}^{s^\prime}(p^\prime) )]\cdot
[(\gamma_\mu u^r(k)\bar{u}^r(k))(\gamma_\nu v^{r^\prime}(k^\prime)\bar{v}^{r^\prime}(k^\prime))]
\end{eqnarray}
}

「第2式から第3式への導出において、 \bar{\gamma}^\mu=\gamma^\mu等の関係を用いた。ここで、ディラック場の平面波解(ディラック・スピノル) u^s(p), v^s(p)は、次のような性質をもつことが知られている」


\def\slash#1{\not\!#1}
{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\Sigma_s u^s(p)\bar{u}^s(p)&=&\slash{p}+m\\
\Sigma_s v^s(p)\bar{v}^s(p)&=&\slash{p}-m\\
u^s(p)\bar{u}^{s^\prime}(p)&=&v^s(p)\bar{v}^{s^\prime}(p)=0
\end{eqnarray}
}

「ここで、上式1行目と2行目はそれぞれ、粒子と反粒子のスピノルの完備性の関係式と呼ばれる。また、\def\slash#1{\not\!#1} \slash{p}=\gamma^\mu p_\muの略記であり、ファイマンのスラッシュ記法と呼ばれる。上のディラック・スピノルの性質を用いれば、スピン s, s', r, r'についての和は、行列の対角成分以外はすべて0になり、行列の対角成分のみが残るため、 \mid M \mid^2は、次のようにガンマ行列のトレース(対角和)の積の形にかくことができる」


\def\slash#1{\not\!#1}
{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\mid M\mid^2
&=&\frac{e^4}{q^4}\Sigma_{s, s', r, r'}[(\gamma^\mu u^s(p)\bar{u}^s(p))(\gamma^\nu v^{s^\prime}(p^\prime) \bar{v}^{s^\prime}(p^\prime) )]\cdot
[(\gamma_\mu u^r(k)\bar{u}^r(k))(\gamma_\nu v^{r^\prime}(k^\prime)\bar{v}^{r^\prime}(k^\prime))]\\
&=&\frac{e^4}{q^4}\rm{Tr}[\gamma^\mu(\slash{p}+m)\gamma^\nu (\slash{p^\prime}-m)]\cdot
\rm{Tr}[\gamma_\mu (\slash{k}+m)\gamma_\nu (\slash{k^\prime}-m)]
\end{eqnarray}
}

「それゆえ、ガンマ行列の積のトレースの計算ができれば、散乱断面積を求めることができる。実際、下のようなさまざまなガンマ行列のトレースの公式が知られている」


ガンマ行列のトレースの公式(gは時空の計量)

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\rm{Tr}[1]&=&4\\
\rm{Tr}[\gamma^\mu\gamma^\nu]&=&4g^{\mu\nu}\\
\rm{Tr}[\gamma^\mu\gamma^\nu\gamma^\lambda\gamma^\rho]&=&4[g^{\mu\nu}g^{\lambda\rho}+g^{\mu\rho}g^{\nu\lambda}-g^{\mu\lambda}g^{\mu\rho}]\\
\rm{Tr}[\gamma^5]&=&0\\
\rm{Tr}[\gamma^5\gamma^\mu\gamma^\nu\gamma^\lambda\gamma^\rho]&=&-4i\epsilon^{\mu\nu\lambda\rho}\\
\end{eqnarray}
}

「このようなファインマントレース技術を用いれば、ガンマ行列とディラック・スピノルの明示的な式すらも必要なくなり、ほとんど完全に頭を使わずに、機械的な計算のみで(1.8)式の答えを1頁未満の代数計算で求めることができる」
ファインマンさんって、すごい人なんですね」
 越野さんの言葉に、一宮がうんざりしたように首を振った。
「なによ。ファインマンって、ただの計算オタクじゃないの。こんな細かい計算にこだわるところなんかが、いかにもキン●マが小さそうな男ね」

 お前は、細かい計算をする男は、みんなキ●タマが小さいと思っているのか?

「でも、ファインマンはかつて、『計算なんかはどうでもよい。物理はどうなのか。君がこの現象の本質をどうとらえているのかが聞きたいのだ。数式でなく、その本質を言葉でいってくれ』と言っていたそうですよ」
 石原が微笑みながらファインマンをフォローした。
「この言葉からも、彼が計算より物理の本質を重視していたことがわかります。それゆえ、ファインマントレース技術は、単なる計算テクニックというよりは、計算に使う無駄な労力をできるだけ省いて、物理的な思考に専念できるようにするために彼が発明した技術ではないでしょうか」