コーシー列と正規直交系の展開との関係
「コーシー列による完備の定義についてはよく分かった。だが、俺にはこのコーシー列による完備の定義と正規直交系の展開は、どこにも接点がないというか、ぜんぜん別物のように思えるんだが?」
俺の疑問:
コーシー列による完備の定義と正規直交系の展開は、どこにも接点がない?
俺は疑問を口にすると、越野さんは頷いた。
「万羽さんの疑問はもっともだと思います。3次元空間の場合、直交する3つの単位ベクトルで任意のベクトルを展開できることは以前もお話しましたよね。でも、無限次元空間においても、有限な3次元空間の場合と同様に、任意のケットベクトルが正規直交系の和で展開できるかどうかは、実際には定かではありません。なぜなら、の形に展開できるためには、正規直交系の和がの極限でに収束する必要があるからです」
無限次元空間において、の形に展開できるためには、正規直交系の和がの極限でに収束する必要がある
これは逆に考えると、正規直交系の和がの極限でに収束しない場合、任意のケットベクトルは、正規直交系の和で展開できないということになります」
一方、正規直交系の和がの極限でに収束しないとき、の形にかくことができない
「ここで、正規直交系の和はコーシー列であることが知られています。それゆえ、無限次元空間において、任意のケットベクトルを正規直交系の和に展開できるということは、正規直交系の和(すなわち、コーシー列)がに収束するということと密接に関連しているのです」
任意のケットベクトルを正規直交系の和に展開できる
↓
正規直交系の和(コーシー列)がに収束するということと密接に関連している
「そして、任意のケットベクトルを正規直交系の和に展開できるとき、その正規直交系は『完全系(complete system)』であるといいます。つまり、収束すべき極限があるから『コンプリート』できるというわけです」
任意のケットベクトルを正規直交系の和に展開できる
↓
その正規直交系は『完全系(complete system)』である
「なるほど。それでコーシー列による完備の定義と、正規直交系の展開とが1つにつながるというわけか」
俺はようやく納得した。
「実は、『完備』も『完全系』も、英語にすると、いずれも『complete』ですが、量子力学の教科書では、どういうわけか、この2種類の訳語がこんがらがっているみたいです」
越野さんが顔を曇らせながら言うと、一宮が同意した。
「数学用語って、英語で考えると直観的ですごく分かりやすいのに、日本語になると、どうしてここまで分かりにくくなるのかしら? ほんと、『完備』なんて言葉を考えた人の『ドヤ顔』が目に浮かぶようだわ! 昔の人って、ある意味、数学用語や科学用語を意味不明にする天才よね! 後から学ぶ身にもなってほしいものだわ!」
一宮は、たっぷりと皮肉を言った。