スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

コーシー列と正規直交系の展開との関係

「コーシー列による完備の定義についてはよく分かった。だが、俺にはこのコーシー列による完備の定義と正規直交系の展開は、どこにも接点がないというか、ぜんぜん別物のように思えるんだが?」

俺の疑問:
コーシー列による完備の定義と正規直交系の展開は、どこにも接点がない?

 俺は疑問を口にすると、越野さんは頷いた。
「万羽さんの疑問はもっともだと思います。3次元空間の場合、直交する3つの単位ベクトル {\bf{e}}_x, {\bf{e}}_y, {\bf{e}}_zで任意のベクトル \bf{V}を展開できることは以前もお話しましたよね。でも、無限次元空間においても、有限な3次元空間の場合と同様に、任意のケットベクトル \mid\psi\rangleが正規直交系の和 \Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleで展開できるかどうかは、実際には定かではありません。なぜなら、 \psi\rangle=\Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleの形に展開できるためには、正規直交系の和 \Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangle N\rightarrow\inftyの極限で \mid\psi\rangleに収束する必要があるからです」

無限次元空間において、 \psi\rangle=\Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleの形に展開できるためには、正規直交系の和 \Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangle N\rightarrow\inftyの極限で \mid\psi\rangleに収束する必要がある

これは逆に考えると、正規直交系の和 \Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangle N\rightarrow\inftyの極限で \mid\psi\rangleに収束しない場合、任意のケットベクトル \mid\psi\rangleは、正規直交系の和 \Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleで展開できないということになります」

一方、正規直交系の和 \Sigma_n a_{n=1}^N\mid\psi_n\rangle N\rightarrow\inftyの極限で \mid\psi\rangleに収束しないとき、 \psi\rangle=\Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleの形にかくことができない

「ここで、正規直交系の和 \mid\psi_N\rangle=\Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangleはコーシー列であることが知られています。それゆえ、無限次元空間において、任意のケットベクトル \mid\psi\rangleを正規直交系の和 \Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangleに展開できるということは、正規直交系の和 \mid\psi_N\rangle=\Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangle(すなわち、コーシー列)が \mid\psi\rangleに収束するということと密接に関連しているのです」

任意のケットベクトル \mid\psi\rangleを正規直交系の和 \Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleに展開できる
 ↓
正規直交系の和 \mid\psi_N\rangle=\Sigma_{n=1}^N a_n\mid\psi_n\rangle(コーシー列)が \mid\psi\rangleに収束するということと密接に関連している

「そして、任意のケットベクトル \mid\psi\rangleを正規直交系の和 \Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleに展開できるとき、その正規直交系 a_n\mid\psi_n\rangleは『完全系(complete system)』であるといいます。つまり、収束すべき極限があるから『コンプリート』できるというわけです」

任意のケットベクトル \mid\psi\rangleを正規直交系の和 \Sigma_n a_n\mid\psi_n\rangleに展開できる
 ↓
その正規直交系 a_n\mid\psi_n\rangleは『完全系(complete system)』である

「なるほど。それでコーシー列による完備の定義と、正規直交系の展開とが1つにつながるというわけか」
 俺はようやく納得した。

「実は、『完備』も『完全系』も、英語にすると、いずれも『complete』ですが、量子力学の教科書では、どういうわけか、この2種類の訳語がこんがらがっているみたいです」
 越野さんが顔を曇らせながら言うと、一宮が同意した。
「数学用語って、英語で考えると直観的ですごく分かりやすいのに、日本語になると、どうしてここまで分かりにくくなるのかしら? ほんと、『完備』なんて言葉を考えた人の『ドヤ顔』が目に浮かぶようだわ! 昔の人って、ある意味、数学用語や科学用語を意味不明にする天才よね! 後から学ぶ身にもなってほしいものだわ!」
 一宮は、たっぷりと皮肉を言った。