スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

コーシーの積分定理の使い方

「ちょっと待ってよ! 問題の計算って、そもそも実数の積分計算でしょ?」

相対論的な粒子の確率振幅U(t)
{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
U(t)&=&\frac{1}{2\pi^2{|\bf{x}}-{\bf{x}}_0|}\int_0^\infty dp\, p\sin{(p|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{p^2+m^2}}\\
\end{eqnarray}
}

「なのに、なんで複素数積分が出てくるのよ?」
 一宮の質問に、石原は切れ長の目を細めつつ、笑みを浮かべて頷いた。
「聡明な一宮さんが、そのような疑問を抱くのも当然です。たしかに上の積分は実数ですが、コーシーの積分定理を利用するために、あえて複素数積分に拡張するんです。まあ、論より証拠です。実際にコーシーの積分定理を使って、積分計算を行ってみましょう」

コーシーの積分定理
関数f(z)が単一の閉曲線CとCの内部を含む領域で正則であるとき、閉曲線C上の線積分が0になる

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\oint_Cf(z)dz=0
\end{eqnarray}
}

「U(t)の被積分関数積分される関数)は、 F(p)=p\sin{(p|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{p^2+m^2}}ですが、ここでコーシーの積分定理を利用するため、実数の積分変数pを複素数積分変数zに置き換えた F(z)=z\sin{(z|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{z^2+m^2}}という複素関数を考えてみます」
 石原はマーカーペンを手にとると、しなやかな指さばきで図を描き始めた。
「次に、下図のような複素平面上の積分路OABを考えてみます」

f:id:Dreistein:20150109054830p:plain

「テキストの『We may freely push the contour upward so that through this point』というフレーズは、虚数軸上の停留値 p^\prime= imx/\sqrt{x^2-t^2}を通るように積分路を変形することを意味します。ここで、 F(z)=z\sin{(z|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{z^2+m^2}}積分路OAB内で微分可能なため、正則であり、コーシーの積分定理から次の式が成り立ちます」

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\int_{OAB} F(z)dz&=&0
\end{eqnarray}
}

「また、積分路OA上の積分は、実数軸p上の積分なので、次のようにかけます」

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\int_{OA} F(z)dz&=&\int_0^R dp\, p\sin{(p|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{p^2+m^2}}\\
\end{eqnarray}
}

「上の式は、 R\rightarrow\inftyとして無限大に発散させると、問題の積分と同じ形になります。また、積分路OAB上の積分は、積分路OA、AB、BO上の積分に分解できるため、積分路OA上の積分は、次のように書くこともできます」

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\int_{OAB} F(z)dz&=&\int_{OA} F(z)dz+\int_{AB} F(z)dz+ \int_{BO} F(z)dz=0\\
\therefore\int_{OA} F(z)dz&=&-\bigg[\int_{AB} F(z)dz+ \int_{BO} F(z)dz\bigg]=\int_{OB} F(z)dz-\int_{AB} F(z)dz
\end{eqnarray}
}

「それゆえ、 R\rightarrow\inftyのときの、積分路OBおよびAB上の積分が分かれば、問題の積分を求めることができるというわけです。これが大まかな方針です」
「つまり、複素平面上で実数軸を含むように積分路を選んでから、コーシーの積分定理を使うことで、実数の積分計算を複素積分に拡張することができるってわけね」
 一宮が納得したように何度も頷いた。

コーシーの積分定理の使い方
複素平面上で実数軸を含む積分路を選んでから、コーシーの積分定理を使う
 ↓
実数の積分計算を複素積分に拡張することができる

複素関数 F(z)=z\sin{(z|{\bf{x}}-{\bf{x}}_0|)}e^{-it\sqrt{z^2+m^2}}は、特異点を含まないので、実数軸を含む積分路なら、自由な積分路を選んでコーシーの積分定理を使うことができるのですが、この問題の場合、停留値法による近似計算を行うため、虚数軸上の停留値 p^\prime= imx/\sqrt{x^2-t^2}を通る積分路を選んでやる必要があります。だから、このテキストの著者は、『We may freely push the contour upward so that through this point(停留値を通るように、積分路を自由に上方に押し上げてもよい)』と言っているんですよ」