コーシーの積分定理の使い方
「ちょっと待ってよ! 問題の計算って、そもそも実数の積分計算でしょ?」
相対論的な粒子の確率振幅U(t)
「なのに、なんで複素数の積分が出てくるのよ?」
一宮の質問に、石原は切れ長の目を細めつつ、笑みを浮かべて頷いた。
「聡明な一宮さんが、そのような疑問を抱くのも当然です。たしかに上の積分は実数ですが、コーシーの積分定理を利用するために、あえて複素数の積分に拡張するんです。まあ、論より証拠です。実際にコーシーの積分定理を使って、積分計算を行ってみましょう」
「U(t)の被積分関数(積分される関数)は、ですが、ここでコーシーの積分定理を利用するため、実数の積分変数pを複素数の積分変数zに置き換えたという複素関数を考えてみます」
石原はマーカーペンを手にとると、しなやかな指さばきで図を描き始めた。
「次に、下図のような複素平面上の積分路OABを考えてみます」
「テキストの『We may freely push the contour upward so that through this point』というフレーズは、虚数軸上の停留値を通るように積分路を変形することを意味します。ここで、は積分路OAB内で微分可能なため、正則であり、コーシーの積分定理から次の式が成り立ちます」
「また、積分路OA上の積分は、実数軸p上の積分なので、次のようにかけます」
「上の式は、として無限大に発散させると、問題の積分と同じ形になります。また、積分路OAB上の積分は、積分路OA、AB、BO上の積分に分解できるため、積分路OA上の積分は、次のように書くこともできます」
「それゆえ、のときの、積分路OBおよびAB上の積分が分かれば、問題の積分を求めることができるというわけです。これが大まかな方針です」
「つまり、複素平面上で実数軸を含むように積分路を選んでから、コーシーの積分定理を使うことで、実数の積分計算を複素積分に拡張することができるってわけね」
一宮が納得したように何度も頷いた。
コーシーの積分定理の使い方
複素平面上で実数軸を含む積分路を選んでから、コーシーの積分定理を使う
↓
実数の積分計算を複素積分に拡張することができる
「複素関数は、特異点を含まないので、実数軸を含む積分路なら、自由な積分路を選んでコーシーの積分定理を使うことができるのですが、この問題の場合、停留値法による近似計算を行うため、虚数軸上の停留値を通る積分路を選んでやる必要があります。だから、このテキストの著者は、『We may freely push the contour upward so that through this point(停留値を通るように、積分路を自由に上方に押し上げてもよい)』と言っているんですよ」