無限大の零点エネルギーの海
「ここで、クライン−ゴルドン場のハミルトニアンについて考察してみます」
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(2.31)
「(2.31)式3行目の右辺第2項は、下の(2.29)式の関係からデルタ関数の原点における値に等しいことがわかります」
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(2.29)
「ディラックによれば、デルタ関数は、のとき
であり、かつ、
を満たす関数と定義されます。全体の面積が1であり、x=0でのみ0でない値を持つということは、原点におけるデルタ関数の値が
となるということを意味しています」
「この原点での値とは、Heisenbergの不確定性原理を反映した量子的な数(q-数(quantum number))ではなく、古典的な単なる数(c-数(classical number))です。それゆえ、(2.31)式3行目の右辺第2項の値は、零点エネルギー
を全ての運動量のモードについて単純な和をとったものとなります。これは、エネルギーの最低状態が無限であることを意味します」
一宮がいかにも胡散臭そうな目で越野さんを見つめた。
「エネルギーの最低状態が無限? それじゃ、この宇宙は無限のエネルギーに満ちていることになるじゃないの!」
「計算の上ではそうですが、幸いなことに、このような無限のエネルギーシフトは、実験的に検知することはできません。なぜなら、実験においては、ハミルトニアンの基底状態からのエネルギーの差しか測定することができないからです」
エネルギーの最低状態(零点エネルギーの総和)は無限大のエネルギーを有する
↓
しかし、実験的にはエネルギーの最低状態からの差のみしか測定できないので問題ない
「零点エネルギーは、いわば『底なしの海』のようなものです。その海は無限の深さをもちますが、私達はその無限の深さを直接測定することはできず、海面からの高さしか認識することができないのです」
「それゆえ、全ての計算において、この無限のエネルギーの定数項を無視することにします。もちろん、基底状態のエネルギーシフトが、理論においてより深いレベルの問題を生み出すことはありえます。この問題については、終章で述べるそうです」