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スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

幽霊のような粒子

量子力学と場の量子論の違いが分かったところで、第2章の本題に入りましょうか」
「ちょっと待って!」
 一宮が再び手を上げた。
「なんでしょうか。一宮さん」
 一宮は目を輝かせながら微笑していた。
「いま、私の頭に素晴らしいアイデアが浮かんだわ。みんな聞いてよ」
 『素晴らしいアイデア』と聞いて、俺はまたもや嫌な予感がした。一度死んだエーテルを復活させただけでは、まだ飽き足らないのか、お前は?

 もったいぶったように少し間を置いてから、一宮は話し始めた。
「第1章では、2粒子の散乱について考えたわね。でも、ファインマン図で高次のオーダーの摂動を考えた場合、実際には、粒子は2つだけでなく、光子みたいな余分な粒子が関わっているじゃない」
 そういって、一宮はテキストの図1.4が載っている頁を開いた。

図1.4
f:id:Dreistein:20141119051244p:plain

「図1.4の例はあくまで一例で、これよりも高次の摂動になると、もっとたくさんの粒子が現れるわけでしょ?」
「そうですけど……」
 越野さんが半ば怯えたように同意する。一宮がどういう方向に話を持っていくのか分からないのが不安なのか、戸惑った表情がありありと窺えた。みろ、越野さんも困っているじゃないか。越野さんはすがるような目で俺のほうを見た。
 仕方がない。これ以上、越野さんが一方的にいじめられるのを黙って見ているわけにもいかない。俺は意を決して立ち上がった。

「あら、いよいよナイトの登場ってわけね!」
 挑戦的な目つきで俺を見返しながら、一宮が皮肉を言った。
「なにが言いたいんだ、お前は?」
「私が言いたいのは、粒子の運動は、どこからともなく突然現れた『幽霊』みたいな粒子が大きな役割を果たしているってこと!」
「幽霊のような粒子だって?」

 突然、部屋の中が静まりかえった。科学を勉強する輪講の場で『幽霊』などといった非科学的な言葉を持ち出すなど、一体どういう精神をしているんだこいつは? まあ、一宮に常識を期待するのが無理というものだが。

「ちょっと待て。幽霊なんて、存在自体がそもそも『エネルギー保存則』に反しているだろ?」

俺の持論:
どこからともなく現れては消える幽霊は、存在自体がエネルギー保存則に反している

 俺と一宮を除いた3人が小さく拍手した。ほら、他の3人も俺の考えに同意しているじゃないか。
 俺の正当なツッコミに一宮は口を尖らせた。
「それなら、高次の摂動でどこからともなく現れる多数の粒子の存在はどう説明するのよ? これもエネルギー保存則に反しているんじゃないの?」
「それは……」
 俺は思わず言葉を詰まらせた。

 どういうことだ? そもそもどうして、ファインマン図ではエネルギーも増加していないのに、粒子の数が増えたりするんだ?

 俺が悩んでいると、まるで俺の思考を読んだかのように、隣にいた石原が俺の頭の中のもやもやした疑問を代弁した。
「何もない真空中から粒子が生まれること自体は、別段不思議なことではありません。なぜなら、場の量子論においては、粒子は、空間を満たす場が励起(振動)したものと考えるためです」

場の量子論:粒子は、空間を満たす場が励起(振動)したもの
 ↓
真空中から粒子が現れることは、空間を満たす場が励起したと考える

「問題は、エネルギー保存則ですね。図1.4では、内線の真ん中にループ(輪っか)が見られます。ファインマンによれば、時間的に逆行する粒子は反粒子に相当するため、このループは、電子と陽電子の2つの粒子が現れることに相当します。アインシュタインの関係 E=mc^2によれば、質量mの粒子と反粒子が対生成されるには、少なくとも 2E=2mc^2のエネルギーが必要となります」

アインシュタインの関係 E=mc^2
 ↓
質量mの粒子と反粒子の粒子が対生成されるには、少なくとも 2E=2mc^2のエネルギーが必要

「ところが、高次の摂動の場合、このような電子と陽電子の対生成した状態がたくさん現れるため、単純に考えると、それだけ余分なエネルギーが必要となります」
「ほら! 対生成が生じるほど十分に大きなエネルギーもないのに、電子と陽電子がたくさん現れるなんて、それ自体、エネルギー保存則に反しているでしょ?」
 一宮も立ち上がって、俺に向かって勝ち誇ったように言った。

 ここにきて俺はようやく、オカルト信者であるはずの一宮が、このスーパーサイエンス(超科学)団なるサークルを設立した『真の目的』が見えてきたような気がした。

 しかしどういうことだ? 高次のファインマン図に電子と陽電子が多数現れるということは、一宮が言うように、エネルギー保存則が成り立っていないというのか? いや、そんなはずはあるまい。エネルギー保存則が成り立たっていないのなら、幽霊のような怪しげな存在を許してしまうことになってしまう。この科学の時代に幽霊が存在するだと? そんなことがあるはずがない!