超光速の粒子は実在する?
相対論的な粒子の確率振幅
「このように、光円錐の外側の領域において、相対論的な粒子の伝搬振幅U(t)は小さくなりますが、それでもゼロにはならないことがわかります。これは、超光速の粒子が存在するということを意味しています」
ここで石原は、意味ありげな笑みを浮かべた。
「そして、超光速の粒子が存在するということは、因果律が破れているということを意味します」
光円錐の外側の領域において、相対論的な粒子の伝搬振幅は小さくなるがゼロにはならない
↓
超光速の粒子が存在する
↓
因果律が破れている
「ほら、私の言った通りじゃない! 超光速の粒子はやっぱり実在するのよ! タイムマシンは実現可能なんだわ!」
一宮が勝ち誇ったような顔で叫んだ。
「ちょっと待ってくれ……それじゃ、特殊相対性理論との整合性は一体どうなるんだ?」
俺がいらだちを抑えきれずに言うと、一宮はドヤ顔で俺の顔を舐め回すように見つめ、小さな子供に教え諭すような口調でいった。
「あんたって、何も分かってないわね。最初に特殊相対性理論のエネルギーの式を入れて計算したんだから、もちろん特殊相対性理論と整合しているに決まっているじゃないの!」
「馬鹿な……ありえない」
「これが現実よ。素直に認めなさいよ。テキストにも書いてあるでしょ、因果律が破れているって!」
一宮は、汚い負け犬か何かを見るような目つきで俺を見た。
「今日は気分がいいわ! みんな、未来のタイムマシンの完成を祈って、今晩は祝杯をあげるわよ!」
一宮は顎を上げて得意げに胸をそらし、高らかに笑った。
「あの……そのテキストのことなんですけど」
満面に笑みを浮かべる一宮に、越野さんが恐る恐る声をかけた。
「実は、このテキストによると、計算では確かに超光速の粒子の確率振幅はゼロではありませんが、場の量子論が、この問題を奇跡的な方法で解決しているそうです」
「奇跡的な方法?」
一宮は胡散臭そうな目で越野さんを見返した。
「多粒子の場の理論では、光円錐の外側の空間的領域における粒子の伝搬は、反対方向に伝搬する『反粒子』と区別できないそうです」
一宮は鼻で嗤った。
「それと因果律の破れと、何の関係があるのよ?」
「つまり、光円錐の外側の空間的領域において、粒子の確率振幅はゼロではありませんが、反粒子の確率振幅と打ち消し合ってしまうため、トータルではゼロになってしまうんです」
からへの粒子の伝播は、からへの反粒子の伝播と区別できない
↓
因果律が保たれるように粒子の振幅と反粒子の振幅とが打ち消し合ってトータルでゼロになる
「だから結局、因果律は破れないのです」
一宮の頬の筋肉が一瞬ひきつった。
「なるほど、今までの計算では、反粒子の存在を考えていなかったから、因果律が破れるという矛盾が生じていたというわけか」
俺は一宮の顔を見た。その表情からは、さっきまでの勝利の余韻が跡形もなく消え失せていた。
「ということだ。反粒子の存在も考慮すれば、因果律は破れない。だから、結局タイムマシンは実現できないみたいだな」
一宮は顔を真っ赤にして反論した。
「でも、超光速の粒子の存在確率そのものは、計算で求めたとおりにゼロじゃないんでしょ? だったら、全然問題ないわ! 超光速の粒子が存在するという事実さえあれば、オールOKだわ! ノープロブレムよ!」
そういって一宮は、表紙に大きく『マル秘』と書かれたノートに何やら書き込んだ。
「何を書いているんだ?」
俺は半ば強引に一宮のメモ帳をのぞき見た。
「ちょっと、勝手に他人の秘密ノートを見ないでよ!」
俺の記憶に間違いが無ければ、そこにはこう書いてあったはずだ。
一宮の超科学メモ
超光速の粒子の存在確率はゼロでない。これは、特殊相対性理論を使った計算で確められた事実である。
この期に及んでまだ負けを認めないとは、ほんとに素直じゃない奴だ。俺はため息をついた。