スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

完備とは

「完備関係式については、よくわかったわ。でも、そもそもどうして『完備』なんて、意味不明の言葉を使うのよ?」
 一宮が不満そうに言った。
「『完備』という言葉はたしかに分かりにくいですね。こういうときは、英語で考えると理解できることが多いです。完備は、英語では、『complete』と呼びます」
「コンプリート?」
「数学的な定義では、完備というのは、コーシー列が収束することをいいます。一宮さんは、アキレスと亀の話をご存じですよね」

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photo credit: maubrowncow via photopin cc

「馬鹿にしないでよ。それくらい知っているわ!」
 一宮が憤慨したように机を叩いた。
「でも、ここでは、亀がすでにゴール地点に到達してどこかに遊びに行ってしまい、アキレスだけが独りさみしく走っているものと考えてください。いわば消化試合のようなものです」
「つまり、亀に敗北した後のアキレスの孤独なレースについて考えるのね。なんだか切ないわね」
「ここでは、ゴールから1kmの地点からアキレスがゴールに向かって走る場合を想定してみましょう。アキレスは、亀との過酷な競争で疲れ切っているので、ゴールに近づけば近づくほど、単位時間あたりに走る距離が半分ずつ減っていきます。つまり、最初のステップで1/2km走り、次のステップで1/4km走り、次のステップで1/8km走るものとします。このとき、アキレスが走った距離は、数列で表すことができます」

アキレスが走った距離
{ \displaystyle
a_1=\frac{1}{2}, a_2=\frac{1}{4}, a_3=\frac{1}{8}, \cdots, a_n=\frac{1}{2^n}, \cdots
}

「この数列は、先に行くほど各項が半分ずつ小さくなっていきます。また、 a_1 a_2の差が \frac{1}{4} a_2 a_3の差が \frac{1}{8}、また、 a_{n-1} a_nの差が \frac{1}{2^{n+1}}となって、先に行くほど各項の差も小さくなっていくことが分かります。このように、先に行くほど数列の各項の差がほとんど変化しなくなるような数列を『コーシー列(Cauchy sequence)』と呼び、次のように定義されます」

コーシー列の定義
 n, m>Nのときに、 |a_n-a_m|<\epsilon
 \epsilon:任意の正の数、N:任意の自然数

「ただ、上の条件だけでは、ゴールに近づいていくという状態が延々と続くだけで、実際には、アキレスが永遠にゴールにたどり着けない可能性もあります」
「つまり、独りでエンドレスに走り続けるというわけね。むなしいわね」
「アキレスがゴールにたどり着くには、nを限りなく大きくしたとき( n\rightarrow\inftyで)、コーシー列が特定の値に収束する、すなわちコーシー列の極限が存在する必要があります。このように、コーシー列の極限が存在するとき、『完備(complete)』と呼びます」

完備(complete):コーシー列の極限が存在する

「極限が存在するとき、アキレスは最終的にゴールに到達できるので、一人レースを『コンプリート』することができるというわけです」

アキレスがゴール(極限)に到達する→コンプリート

「これが『完備(complete)」の本来の意味です」