スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

重心系とは

図1.1
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 |\rm{p}|=|p’|=|k|=|k’| =E=E_{\rm cm}/2

「それで? この Eのセンチメートル(cm)というのはなに?」
一宮は、自分の知識不足を大いに恥じるどころか、高級レストランで自分より格下のウェイター相手にメニューの内容をたずねるかのように平然と訊ねてきた。

「センチメートルじゃない。cmはcenter of massの略で、 E_{\rm cm}は重心系のエネルギーだ。2粒子の衝突などを考えるとき、2粒子の重心とともに動く座標系、すなわち重心系で考えると、系が対称的になり、電子と陽電子の運動量が正反対でかつ等しくなるから、式の形が簡単になるんだ」

重心(center-of-mass)系で考えると、系が対称的になり、式の形が簡単になる
陽電子 e^+と電子 e^-の運動量の関係式 \rightarrow\rm p'=-p
反ミュー粒子 \mu^+とミュー粒子 \mu^-の運動量の関係式 \rightarrow\rm k'=-k

「つまり、電子と陽電子の質量、速度、エネルギーをそれぞれm, v, Eおよびm', v', E'とすると、運動量の関係式 \rm p'=-pから、 \rm m'v'=-mvが導かれるわけね。そして、電子と陽電子の質量m, m'は等しいから、両辺をmで割ると、 \rm v'=-vとなる。結局、重心系のエネルギー E_{\rm cm}は、

 E_{\rm cm}=E+E'=\frac{1}{2}(mv^2+m’v'^2)=mv^2 \:(\because m=m', v^2=v'^2)=2E

となって、 E=E_{\rm cm}/2の関係が導かれるわけね」
俺は頷いた。一宮は、性格のほうは正直いってアレだが、頭はそれほど悪くない。


「ここで超絶難解な問題だ。立体角 d\Omegaに反ミュー粒子 \mu^-が生成されたときの微分断面積 d\sigmaの式を導いてほしい」

超絶難解な問題1:以下の式を導け。ただし、 d\sigma微分断面積、 d\Omega:立体角とする。

{ \displaystyle
\frac{d\sigma}{d\Omega}=\frac{1}{64\pi^2E_{\rm cm}^2}\cdot|M|^2
}

「ちょっと待ってよ! 意味わかんない! あんた、ちゃんと日本語しゃべってる?」
「もちろんれっきとした標準的な日本語を話していることはいうまでもない。それとも、この言葉がイウォーク語に聞こえるか?」
適当にはぐらかすと、一宮はいらついた表情を見せた。
「そもそも、『立体角』ってなによ!」

「俺は問題を出した。いわば出題者だ。出題者に答えをきくのはフェアじゃないだろう? まずは自分で考えてみるのが筋道じゃないのか?」
俺が正論を吐くと、一宮は押し黙った。

生意気な一宮に反撃できたことで、俺はせいせいした気分になった。今日は本当に最高の日だ。

「あー! むかつくわね!」
一宮は、俺から目をそらすと、部屋の隅のほうへと歩いていった。

そのとき俺は、独り椅子に座って読書に励む少女がいることに初めて気がついた。

「武者(むしゃ)さん、いつからいたんだ? この部屋に入ってからかれこれ2時間は経つが、まったく気がつかなかったぞ」
武者さんは、俺たちと同じ高校1年生の女の子だ。クラスではいつも寡黙で目立たないが、高校3年生や浪人生も受ける全国模試で常に一桁台の成績をとることから、教師からも一目おかれているようだ。そんな優等生の彼女が、この自然科学研究会(一宮は『スーパーサイエンス(SS)団』と主張してやまないが)に入会したのも当然ともいえるが、彼女は極度の人見知りなのか、俺たちの議論に加わることもなく、たいていは、このように独り読書をして過ごしている。

また、武者さんはステルス能力が異常なまでに高く、こうやって同じ部屋の中にいても、その存在にまったく気づかないことも多い。いつの日だったか、彼女が部屋の中で読書をしていることにも気づかずに部屋の電気を消して、そのまま鍵をかけて帰宅してしまったことがあったが、翌日、鍵を開けて部屋に入ったとき、うず高く積み上げられた本の山に囲まれて、独り読書を続けている彼女の姿を見て、さすがの俺もそのステルス能力に戦慄したほどだ。