自然単位系とは
俺は一宮に問題の説明をした。
「この図1.1は、運動量pの電子と、運動量p’の陽電子とが真っ正面から衝突して対消滅した後、電子の進行方向と角度だけずれた方向に運動量kのミュー粒子と運動量k’の粒子とが対生成した後、互いに遠ざかっていく様子を表したものだ。これを式で表せば次のようになる」
俺は、部室のホワイトボードに数式を書き込んだ。
「わかったわ! 電子と陽電子が対消滅した後に、ミュー粒子と反ミュー粒子が対生成されるのね!」
一宮は、宇宙の全ての真理を悟ったかのような顔つきになった。だが、こんなものはまだまだ序の口だ。お前の本当の地獄はこれからだ。
「ここで簡単のため、重心(Center of Mass)系を考えよう。すると、運動量はp’=-p、k’=-kの関係を満たすことになる。ここまでは理解できるか?」
「それくらいあたしだって分かるわよ。電子と陽電子、ミュー粒子と反ミュー粒子が、重心を中心として互いに反対方向に進むからでしょ?」
一宮は、馬鹿にするなというように、思いっきり俺を睨み付けてきた。こいつは性格は傲慢きわまりないが、頭は悪くない。
「ここで、ビームエネルギーEが電子とミュー粒子の質量よりもはるかに大きいものとしよう。すると、次の関係式が導かれる」
「ちょっと待って! そうして運動量とエネルギーが等しいのよ?」
一宮は、憤然と俺に突っかかってきた。
「お前は『自然単位系(natural unit)』というものを知らないのか?」
「自然単位系? なにそれ?」
俺は小さくため息をついた。
「MKS単位系などの通常の単位系では、エネルギーと運動量は、アインシュタインの関係を満たす。だが、自然単位系では、光速を基準としてとおくんだ。その結果、となって、エネルギー、運動量、質量が共通の単位を有することがわかる。そして、質量mはビームエネルギーEよりもずっと小さいと仮定したから、となって、、すなわち、エネルギーEと運動量|p|とが等しいという結論が得られるんだ」
自然単位系(natural unit)
プランク定数、光速とおく
「なんでそんなまだろっこしいことをするのよ?」
「素粒子物理学では、プランク定数や光速のcがやたらに出てくるから、やcを1とすることで式が簡単になるんだ」
俺が説明すると、一宮はふんと鼻を鳴らした。
「ほんと小細工もいいところ。自然単位系なんて小手先のテクニックを考えた男はきっと『●玉』も小さいに違いないわ!」
未来の女子高生から、
金●が小さい
などと面と向かっていわれたら、量子力学の父マックス・プランクもさぞかし嘆くにちがいない。