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スーパーサイエンスガール

日々科学と格闘する理系高校生達の超絶難解な日常。

空間的な伝搬粒子のクライン‐ゴルドン場の振幅の導出5

 反射的に後ろを振り向くと、俺の目と鼻の先に一人の小柄な少女が立っていた。

 武者さんだった。

 彼女が小脇に抱えているのがディラックの「量子力學」でなく、暗殺用の短剣なら、俺は彼女の気配に気づくこともなく死んでいただろう。
 恐るべきステルス能力に、俺は心の底から恐怖を感じた。

「ノー・プロブレムって、どういうこと? 大和」
 一宮の問いかけに、武者さんはホワイトボードの前まで歩いて行ってマーカーペンを手にとった。
「論より証拠。実際に、積分変数を置換して D(x-y)を計算してみれば分かる」
 俺たちが見つめる中、武者さんは黙って計算を始めた。


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
D(x-y)&=&\frac{1}{4\pi^2r}\int_m^\infty d\rho\frac{\rho e^{-\rho r}}{\sqrt{\rho^2-m^2}}
\end{eqnarray}
}

「上の式で t=\sqrt{\rho^2-m^2}と置くと、 t^2=\rho^2-m^2から、 \rho^2=t^2+m^2 \rho d\rho=tdtとなる。これらの関係を用いると、上の D(x-y)の式は次のようになる」


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
D(x-y)&=&\frac{1}{4\pi^2r}\int_m^\infty d\rho\frac{\rho e^{-\rho r}}{\sqrt{\rho^2-m^2}}\\
&=&\frac{1}{4\pi^2r}\int_0^\infty dt\frac{t e^{-\sqrt{t^2+m^2}r}}{t}\\
&=&\frac{1}{4\pi^2r}\int_0^\infty dt e^{-\sqrt{t^2+m^2}r}
\end{eqnarray}
}

「あれ、分母の値が打ち消し合ってなくなりましたね」
 石原が感心したように呟いた。

「ここまでくれば、あとは通常の積分計算をすれば機械的に解ける」
 武者さんは頷いて、マーカーペンをもつ手を素早く動かした。


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
D(x-y)&=&\frac{1}{4\pi^2r}\int_0^\infty dt e^{-\sqrt{t^2+m^2}r}\\
&=&\frac{1}{4\pi^2r}\bigg[-\frac{e^{-\sqrt{t^2+m^2}r}}{\sqrt{t^2+m^2}}\bigg]_0^\infty\\
&=&\frac{1}{4\pi^2r}\bigg(-\frac{e^{-\sqrt{\infty^2+m^2}r}}{\sqrt{\infty^2+m^2}}+\frac{e^{-\sqrt{m^2}r}}{\sqrt{m^2}}\bigg)\\
&=&\frac{1}{4\pi^2r}\frac{e^{-mr}}{m}
\sim_{r\rightarrow \infty}e^{-mr}.
\end{eqnarray}
}

「最後の行で、指数関数 e^{-\sqrt{\infty^2+m^2}r}\rightarrow0および r\rightarrow\inftyの極限において、指数関数 e^{-mr}からの寄与に比べて、 1/rからの寄与が無視できることを用いた」
「どうして 1/rからの寄与が無視できるのよ?」
「これは、 e^{-mr}マクローリン展開してみればわかる」


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
e^{-mr}=1+(-mr)+\frac{(-mr)^2}{2!}+\frac{(-mr)^3}{3!}+\cdots+\frac{(-mr)^n}{n!}+\cdots
\end{eqnarray}
}

「上の式を見ると、 r\rightarrow\inftyの極限では rの累乗が効いてくる分、e^{-mr}からの寄与のほうが 1/rからの寄与よりも大きいことがわかる。結局、次の(2.52)式が成り立つことがわかる」


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\frac{1}{4\pi^2r}\int_m^\infty d\rho\frac{\rho e^{-\rho r}}{\sqrt{\rho^2-m^2}}\sim_{r\rightarrow \infty}e^{-mr}.
\end{eqnarray}
}
(2.52)

「以上、計算終わり」
 計算式の末尾に『q.e.d.(証明終了)』と殴り書きすると、武者さんは元の席へと戻っていった。

「ちょっと! それじゃ、この積分計算って、 t=\sqrt{\rho^2-m^2}と置換するだけで、通常の積分計算と全く同じように解けるってわけ? だったら、分岐とか特異点とか、テキストの『we push the contour up to wap around the upper branch cut(上の分岐のまわりを覆うように積分経路を押し上げる)』という、これまでの議論は、一体何だったのよ! そもそも、コーシーの積分定理なんて全く使わずに解けるじゃないの!」
 一宮が顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
ハーバード大学卒の教授にしては、詰めが甘いわよ!」