スピノルとは
「外線は、4成分の列スピノルまたは行スピノルをあらわす」
「スピノル?」
「スピノル(spinor)は、ベクトルのように大きさと向きをもつ量で、スピン状態をあらわす。ベクトルの長さが座標系の回転によっても変わらないように、スピノルの大きさも座標系の回転によって変わらない。でも、ベクトルは、座標系を360°回転すると元にもどるのに対し、スピノルは、座標系を360°回転すると、符号が反転する性質(二価性)をもつことが知られている」
ベクトルとスピノルの違いの一例
ベクトル:座標系を360°回転すると元にもどる
スピノル:座標系を360°回転すると符号が反転する
「なによそれ? 360°回転すると符号が反転するなんて、まるで、メビウスの環みたいじゃない。そんなオカルトみたいな量がこの世界に実在するっていうの?」
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一宮が瞳を輝かせた。なんだかものすごく楽しそうだ。こいつは、幽霊とか宇宙人とか、そういうオカルト的な類のものがものすごく好きだ。こんな奴が、幽霊や宇宙人とはまったく対極にあるはずの科学同好会に属していること自体が、もはやオカルト現象といってもいいだろう。
「もっとも、スピノルの二価性が現実世界にあらわれることはない」
「どうしてですか?」
越野さんが訊ねる。
「なぜなら、量子力学において物理的な意味をもつのは、波動関数の2乗であって、波動関数自身ではないから。だから、座標系の360°の回転によって波動関数の符号が反転してになったとしても、波動関数の2乗の符号は変わらないから、物理的な現象の中にスピノルの二価性があらわれることはない」
物理的な現象の中にスピノルの二価性があらわれることはない
量子力学において物理的な意味をもつのは、波動関数の2乗であって、波動関数自身ではない
↓
なぜなら、座標系の360°の回転によって波動関数の符号が反転してになったとしても、波動関数の2乗の符号は変わらない
「なによ。ぜんぜん面白くないわね」
一宮がつまらなさそうな顔をした。
「すると、座標系の回転に対する二価性をもつか否かが、スピノルとベクトルの違いなんですか?」
越野さんが再び質問すると、武者さんは首をふった。
「二価性をもつスピノルは、座標系の回転によってベクトルとは異なる振る舞いをする。でも、すべてのスピノルが二価性をもつわけではない。一部のスピノル(偶数階のスピノル)は、このような二価性の性質をもたない。また、二価性をもたないスピノルからベクトルを構成することもできる。だから、スピノルは、ベクトルと全く異なるわけでもなく、『半ベクトル』と呼ばれることもある」
偶数階のスピノルは二価性をもたない
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偶数階のスピノルからベクトルを構成することもできる
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スピノルは、ベクトルと全く異なるわけでもなく、『半ベクトル』とも呼ばれる