テイラー展開の直観的なイメージ
「教科書みたいな天下りの説明はもうたくさんだわ! そもそもどうして、テイラー展開やマクローリン展開みたいな関係が成り立つのよ?」
テイラー展開(Taylor expansion)
マクローリン展開(Maclaurin expansion)
「それは難しい質問ですね……」
一宮の質問に、越野さんはしばし考え込んだ。
「テイラー展開とマクローリン展開の違いは、を起点としているか、を起点としているかの違いにすぎません。両者は基本的には同じものなので、ここではより単純なマクローリン展開について説明します。ここで、車でドライブする場面を想定してみてください」
「車でドライブ? いきなり何の話よ?」
一宮は首を傾げた。
「この車は、時刻(秒)にスタート地点を出発し、時刻(秒)には距離(m)だけ走るものとします。ここで、微小時間だけ経過したとき、車がスタート地点からどれだけの距離を進んだかを調べてみます。このとき、距離は、次のようにマクローリン展開することができます」
「ここで、右辺の第1項は、車が進む距離にスタート時の時刻を代入したときの値なので、スタート時の車の位置を表します」
右辺第1項の意味:スタート時の車の位置
「それじゃ、右辺の第2項はどういう意味よ?」
「右辺の第2項はですが、は、車が進む距離の1階の時間微分、すなわち、車が進む速度を意味します。ここで、(速度)×(時間)=(距離)の関係が成り立つことに注目すると、右辺の第2項は、スタート時(t=0)の車の速度で微小時間だけ進んだとき、 車が進む距離を表します」
右辺第2項の意味:
スタート時(t=0)の車の速度で微小時間だけ進んだとき、 車が進む距離
「つまり、右辺の第2項は、スタート時(t=0)に車が毎秒V(m)の速さで走っていたとすると、微小時間(秒)後には、車がスタート地点から(m)の地点にいるだろうという、『スタート時の車の速度から見積もった車が進む距離』を表します」
「待ってよ! それっておかしくない? 仮に、秒であるとして、1秒後も車がスタート時(t=0)と同じ速度V[m/s]で走っているなんて保証、どこにもないじゃないの! 1秒後に車が毎秒V(m)から毎秒100V(m)まで急加速していたら、全然違った結果になるんじゃないの?」
一宮の疑問に越野さんは頷いた。
「そうならないようにするために、右辺の第3項では、加速度も考慮に入れます。ここで、第3項のは、スタート時の車の速度の時間変化、すなわち、車の加速度を表します。第3項には、の2乗の項がかかっていますが、これは、(加速度)×(時間)=(距離)の関係からもわかるように、加速度を距離に置き換えているからです。つまり、右辺の第3項は、スタート時(t=0)の車の加速度で微小時間だけ進んだとき、車が進む距離の変化分を表します」
右辺第3項の意味:
スタート時(t=0)の車の加速度で微小時間だけ進んだとき、車が進む距離の変化分
「右辺の第3項は、『スタート時の車の加速度から見積もった車が進む距離の変化分』を表します。それゆえ、スタート時(t=0)から車が加速したとしても、第3項まで考慮することによって、車が進む正確な距離を予測することができるというわけです」
一宮は、きつねにつままれたような顔をしていた。
「それじゃ、スタート時(t=0)で車が急加速した直後に、車が急停止したらどうするのよ?」
「その場合は、加速度が変化する場合に当たりますよね。加速度が変化する場合は、右辺の第4項に相当します。右辺の第4項は、スタート時(t=0)の車の加速度の変化で微小時間だけ進んだとき、車が進む距離の変化分を表します」
右辺第4項の意味:
スタート時の車の加速度の変化で微小時間だけ進んだとき、車が進む距離の変化分
「このように、スタート時(t=0)の車の速度だけでなく、スタート時の車の加速度、車の加速度の変化、車の加速度の変化の変化、……といった、高次の変化の寄与を無限に考慮することによって、スタート地点から微小時間後に車が進む距離を正確に予測することができます。これを任意の関数の場合に一般化したのが、マクローリン展開であり、テイラー展開なのです。以上が、テイラー展開の直観的なイメージです」